【第3回】遺産の範囲

第3回は、「遺産の範囲」です。

相続人は、被相続人の一身に専属するものを除き、被相続人に属した一切の権利義務を承継します(民法896条)。

これだけを見ると、被相続人が有していた財産は全て相続の対象になるように見えます。しかし、被相続人が有していた財産の中には、「相続の対象になるもの」と、「相続の対象にならないもの」があるのです。

また、相続の対象になるとしても、①相続人全員の話合い等によって分割しなければならないものと、②被相続人の死亡によって当然に各相続人に承継されるものがあります。今回は、これらを詳しく見ていきましょう。

遺産分割の対象となる遺産の基準時

遺産分割の対象となる遺産は、①被相続人の死亡時に存在し、かつ、②遺産を実際に分割する時にも存在しなければなりません。

そのため、被相続人の死亡直前に、誰かが被相続人の預金を勝手に引き出した場合、原則として、引き出されたお金は遺産分割の対象になりません。

また、被相続人の死亡時には自宅が存在したが、その後、火事で自宅が焼失した場合も、自宅は遺産分割の対象になりません。火事によって保険金が支払われた時も、原則として、その保険金は遺産分割の対象にならないのです。

相続の対象にならないもの

被相続人かぎりの権利

被相続人だからこそ与えられた権利は、相続の対象にならないものが多いといえます。

例えば、代理権、使用貸借の借主の地位(不動産の場合は例外があり得ます。)、雇用契約上の地位、組合員の地位、扶養請求権、生活保護受給権などです。ただし、既に調停などで、扶養請求権などが具体的に確定していた場合には、相続の対象になります。

祭祀財産

系譜(家系を示すもの)、祭具(位牌、仏壇など)、墳墓(墓石、墓碑など)は、

  1. まず、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者
  2. 指定がなければ、慣習上祖先の祭祀を主宰すべき者
  3. いずれの方法でも決まらない場合は、家庭裁判所が指定する者

が承継します。遺骨も、慣習上の祭祀主宰者が承継します。

審判例では、何らかの慣習を認めたものは少なく、被相続人への慕情、墓石を清掃している者、仏壇・位牌の所在、永代供養料の支出者、寺の檀家・門徒等を考慮して、家庭裁判所が指定することが多い傾向です。

遺産の種類

契約上の地位

例えば、被相続人が物を買った場合の買主の地位、物を売った場合の売主の地位が、相続の対象になります。買主の地位を相続した場合、相続人は、売主に対し、買った物の引渡しを請求できます。売主の地位を相続した場合、相続人は、買主に対し、売った物を引き渡すことになります。

契約上の地位には、たくさんの種類がありますが、特に注意すべきものを見ていきましょう。

賃貸借契約の借主の地位

賃貸借契約の借主の地位(賃借権)も相続の対象になります。相続開始後の賃料は、不可分債務になるので、貸主から相続人の1人が賃料全額を請求された場合、法定相続分だけではなく、賃料全額を支払わなければなりません。他方、公営住宅を使用する権利は、相続の対象になりません。

なお、貸主が賃貸借契約を解除する場合、相続人全員に対して解除の意思表示をしなければなりません。

賃貸借契約の貸主の地位

相続の対象になります。

使用貸借契約の借主の地位

被相続人が、ある物を無償で借りていた場合(使用貸借契約)、被相続人に対する信頼に基づいて無償となっていたわけですから、被相続人とは別人である相続人が、無償で借り続けることはできないのが原則です。

しかし、以下の2つの場合には、例外があり得ます。

  1. 建物を所有する目的で土地を無償で借りている場合
  2. この場合、当事者間の信頼関係よりも、土地上の建物を所有する目的が重視されるべきです。そのため、被相続人が死亡したとしても、建物を所有する目的に従った使用が終了するまでは、土地を無償で借り続けられる可能性があります。

  3. 建物の使用貸借の場合
  4. 貸主と、借主である被相続人が実親子同然の関係であり、貸主が借主の家族と長年同居していたとします。この場合、借主である被相続人だけでなく、借主の家族と貸主の間にも特別な信頼関係があるといえるので、被相続人が死亡したとしても、建物を無償で借り続けられる可能性があります。

使用貸借契約の貸主の地位

使用貸借契約の貸主の地位は、相続の対象になります。

問題となるのは、例えば、被相続人所有の家に、相続人の1人が同居していた場合です。被相続人死亡後、被相続人所有の家は、全相続人の共有になるので、相続人の1人が家に住み続けた場合、本来であれば、自己の持分を超える部分の占有は無権利の占有になるはずです。

しかし、この場合、被相続人と同居の相続人との間で、遺産分割により家の所有関係が最終的に確定するまでは、同居の相続人に家を無償で使用させるとの合意があったと推認されます。 そのため、同居の相続人以外の相続人は、同居の相続人に家を無償で使用させるとの地位を承継し、遺産分割までは同居の相続人に、家を無償で使用させなければなりません。

また、例えば、内縁の夫婦が、共有する不動産を居住や事業のために使用してきたとします。この場合、内縁の夫婦の一方が死亡した後は、他方が共有不動産を単独で使用する合意があったと推認されます。 そのため、死亡した者の相続人は、合意が変更されるか又は共有関係が解消されるまで、被相続人の内縁の夫(妻)に不動産を無償で使用させなければなりません。

預金契約上の地位

預貯金は相続の対象になりますが、それに加え、預金契約上の地位も相続の対象になります。 代表的なものとして、各相続人は、単独で、金融機関に対し、被相続人の預金口座の取引経過の開示を求めることができます。

ただし、既に預金契約が解約されている場合には、金融機関は、取引履歴を開示する義務を負わないと考えられます。

貸金庫契約の借主の地位

実務上、貸金庫を開けるためには、相続人全員の同意が必要です。そのため、相続人全員の同意が得られない段階で、相続人の1人が貸金庫を開けることはできません。

ただし、貸金庫契約を結んだのが被相続人ではなく、相続人であり、遺産分割協議が成立するまで貸金庫を単独で開けることはできないとの条件を付けたにすぎない場合は、遺産分割協議が成立する見込みがなくなった時点で、貸金庫を開けることができます。

不動産

不動産、持分権などが、相続の対象になります。

預貯金

普通預金、定期預金、通常貯金、定期貯金、定期積金、定額貯金、当座預金、別段預金、旧郵便局の定額郵便貯金などが、相続の対象になります。

以前まで、預貯金は遺産分割の話合い等で分割するのではなく、当然に相続分に応じて分割されると扱われていました。しかし、判例が変更され、遺産分割の話合い等で分割されることになりました。 そのため、金融機関は、遺産分割の話合い等が決着するまで、相続人の1人からの預貯金の一部払戻しには応じないと考えられます。

損害賠償請求権等

例えば、死亡事故の加害者への損害賠償請求権、不当利得返還請求権、賃料請求権、報酬請求権などが、相続の対象になります。

もっとも、これらの権利は当然に本来的相続分に応じて分割されます。そのため、全相続人が、これらの権利も含めて遺産分割の話合い等をするという合意をしない限り、遺産分割の対象とはなりません。

なお、被相続人の死亡による損害賠償請求権を相続した場合でも、相続人に相続税は課されません。

現金

現金も相続の対象になります。

ただし、あくまで遺産分割の話合い等で、分割方法を定める必要があるので、遺産分割の話合い等が決着するまでは、相続分に応じた現金の引渡しを請求することはできません。相続人の一部が、被相続人の預金口座からお金を引き出し、相続人名義の口座で保管していた場合も、現金として扱われると考えられます。

投資信託

投資信託とは、投資家から集めたお金をひとつの大きな資金にまとめて、投資の専門家が株式や債券などに分散投資し、その運用成果を投資家に還元する金融商品です。投資信託受益権や、相続開始後に発生した元本償還金、収益分配金請求権は、相続の対象になり、遺産分割の話合い等の対象になることが多いといえます。

もっとも、多様な内容の投資信託が販売されていることから、相続の対象になるか否かは、取扱銀行や証券会社に確認する必要があります。また、投資信託が、当然に相続分に応じて分割されるのか、遺産分割の話合い等で分割されるのかも、取扱銀行や証券会社に確認する必要があります。

なお、委託者指図型投資信託の元本償還金又は収益分配金は、受益権の内容を構成するものなので、果実とはいえず、当然に相続分に応じて分割されるものではありません。

国債

国債とは、歳入不足を補う等、財政上の必要から、国が発行する債券(有価証券)です。国債も相続の対象になります。

当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることになります。

株式等

株式は、相続の対象になります。当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることになります。

株式を複数の相続人が相続した場合、相続人の多数決で、株主としての権利を行使する者を決定して、会社に通知する必要があります。株主の権利を行使する者を定めることが困難な場合には、株式の分割を求める必要があります。

有限会社(会社法の施行により、法的には株式会社になりました。)の出資持分も、相続の対象になります。当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることになります。

ただし、会社の定款において、相続が発生した場合には、相続人に対して、株式を会社に売り渡すよう請求できる旨が定められている場合があります。この場合には、相続人は会社に対し株式を売り渡さなければなりません。

持分会社(合名会社・合資会社・合同会社)の社員は、死亡によって退社となります。そのため、持分会社の社員の地位は、定款に別段の定めがない限り、相続の対象になりません(会社法608条1項)。ただし、退社による持分払戻請求権は、相続の対象になります。当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることになると考えられます。定款で相続が認められている場合に、一部の相続人のみが社員となることを望んだ時は、その相続人のみが相続分に応じた持分を有する社員となります。その他の相続人は、持分払戻請求権を承継することになります。

一般社団法人には、持分がなく、死亡が退社事由となっています。そのため、相続の問題は生じないといえます。

社団医療法人については、平成19年4月1日以降設立した医療法人には持分がありませんが、それより前に設立したものについては、持分が存在する場合があります。

動産

動産(例えば、貴金属や家具など。)も相続の対象になります。例えば、①1つ1つを特定して、誰に承継させるか決める方法と、②複数の物をまとめて、保管場所等により特定して誰に承継させるか決める方法があります。

相続開始後の不動産の賃料等

相続開始後の、遺産である不動産の賃料は、誰の口座に入金されたかによって、分割の方法が異なります。

賃料が相続人の口座に入金された場合

この場合、賃料は、当然に相続分に応じて分割されることになります。

賃料が被相続人の口座に入金された場合

被相続人の死亡後は、通常、被相続人の口座が凍結されます。そのため、相続人全員が被相続人の口座を残すことに合意している場合のみ、被相続人の口座が残ると考えられます。

この場合、相続人全員が、賃料も遺産分割の話合い等の対象に含める合意をしたと考えられるので、賃料は、当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることになると考えられます。

もっとも、遺産分割の話合い等をすると、相続人の1人が他にたくさんの特別受益を得ている結果、計算上、賃料を全く取得できない場合も生じます。この場合には、その相続人が、賃料も遺産分割の話合い等の対象に含める合意をしたと考えることはできません。

その他の収益・果実

その他、相続開始後に遺産から生じた収益や果実(例えば、株式の配当金、有償(無償)新株、利息)は、相続財産そのものではありません。そのため、全相続人が、これらの権利も含めて遺産分割の話合い等をするという合意をしない限り、遺産分割の対象とはなりません。

生命保険金

被相続人が自己を被保険者、相続人の1人を保険金受取人に指定した場合

保険金受取人が保険金を取得するので、相続の対象にはなりません。ただし、遺産総額に対する保険金の額の比率が高い場合等には、保険金を「特別受益」として扱う場合があります。

※「特別受益」については、次回以降のコラムをご覧ください。

被相続人が自己を被保険者、保険金受取人を「被保険者又はその死亡の場合はその相続人」と指定した場合

保険金受取人が保険金を取得するので、相続の対象にはなりません。 相続人が保険金を受け取る場合、相続分の割合に従って、受け取ることになります。

これに対し、保険金受取人が被相続人より先に死亡し、保険金受取人の相続人らが保険金を受け取る場合、相続人らは平等の割合で保険金を受け取ることになります。

被相続人が自己を被保険者とし、保険金受取人を指定しなかった場合

保険約款や保険法等に従って、保険金受取人を判断することになります。

被相続人が被保険者と保険金受取人である場合

① 満期保険金
満期保険金を被相続人が受け取った後、被相続人が死亡すれば、満期保険金は、相続の対象になります。

② 死亡保険金
相続人が、相続分の割合に従って、保険金を受け取ることになります。

第三者が被相続人を被保険者と保険金受取人に指定して保険契約を結んだ場合

被相続人の死亡保険金は、相続人が、相続分の割合に従って、受け取ることになります。

なお、保険金のうち、被相続人が支払った保険料に対応する部分については、相続税が課されます。

保険料の負担者が保険金受取人である場合、保険金のうち、保険金受取人の負担額に対応する部分については、保険金受取人の一時所得として所得税が課されます。 保険料の負担者が被相続人でも保険金受取人でもない場合、保険金受取人には贈与税が課されます。

死亡退職金

具体的な事案ごとに、相続の対象になるか否かが異なります。

勤務先に、死亡退職金に関する規程がある場合には、それを見て相続の対象になるか否かを判断します。これに対し、規程がない場合は、支給に関する慣行等から、相続の対象になるか否かを判断します。 なお、死亡退職金を「特別受益」とするか否かについては、説が分かれています。

国家公務員の死亡退職手当

国家公務員退職手当法で定められた受給権者の財産となり、相続の対象になりません。

県学校職員の死亡退職手当

県学校職員の手当等は、原則として条例で定められています。条例が、国家公務員退職手当法と同じ内容の場合、死亡退職手当は、条例で定められた受給権者の財産となり、相続の対象になりません。

私立学校職員の死亡退職手当

一般的に、死亡退職手当は、専ら被相続人の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的としています。そのため、特段の事情がない限り、死亡退職手当は、規程で定められた受給権者の財産となり、相続の対象になりません。

特殊法人職員の死亡退職金

規程で定められた受給権者の財産となり、相続の対象にならないことが多いといえます。

相続税

なお、退職手当金等には相続税が課されます。

遺族給付

遺族給付は、社会保障関係の特別法による給付で、損失補償、遺族年金、弔慰金、葬祭料等があります。これらの遺族給付は、法律等で定められた受給権者の財産となり、相続の対象になりません。なお、遺族給付を「特別受益」とするか否かについては、両説考えられます。

協同組合の出資金

協同組合の出資金は、相続の対象になります。ただし、出資金は、当然に相続分に応じて分割されます。そのため、全相続人が、出資金も含めて遺産分割の話合い等をするという合意をしない限り、遺産分割の対象とはなりません。

社債

社債とは、資金調達のため、会社が発行する債券(有価証券)です。社債は、相続の対象になります。当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることになります。

ゴルフ会員権

相続の対象になるか否か

ア 預託会員制
会則が相続を認めている場合、ゴルフ会員権は、相続の対象になります。ただし、ゴルフ会員権を譲渡するには、理事会の承認が必要な場合が多いといえます。会則が相続を認めていない場合には、ゴルフ会員権は、相続の対象になりません。

イ 社団会員制
ゴルフ会員権は、相続の対象になりません。

ウ 株主会員制
ゴルフ会員権は相続の対象になります。ただし、ゴルフ会員権を譲渡するには、理事会の承認が必要な場合が多いといえます。

相続の対象にならない場合

なお、上記のいずれの場合でも、預託金の返還請求権や、滞納している会費の支払義務は、相続の対象になります。これらの権利や義務は、当然に相続分に応じて分割されます。

代償財産

相続開始後、遺産である自宅が焼失した場合の保険金等(代償財産)は、先程述べたとおり、全相続人が、代償財産も含めて遺産分割の話合い等をするという合意をしない限り、原則として遺産分割の話合い等の対象にならず、各相続人の持分に応じて分割されます。

ただし、例外があります。共有物分割訴訟において、1人の共有者に不動産を全部取得させ、その共有者が他の共有者らへ代償金の支払いをすることになった場合、その代償金は、遺産分割協議によって分割することになります。

知的財産権

知的財産権の多く(著作権、特許権など)は、相続の対象になります。当然に相続分に応じて分割されるのではなく、遺産分割の話合い等で分割されることが多いといえます。

営業権

営業権とは、企業の伝統、社会的信用、取引先の存在、特殊な製造方法などを総合した、財産的価値を有する事実関係です。 あくまで事実関係にすぎず、権利とはいえないため、営業権自体は、相続の対象になりません。

ただし、相続人の1人が被相続人の営業を承継する場合、事実上、営業権も得ていることになるので、遺産分割の際、営業権を得ていることを考慮する必要があります。

借金

借金は、相続の対象になり、当然に相続分に応じて分割されます。

なお、連帯債務も当然に相続分に応じて分割され、相続した範囲で、本来の債務者とともに連帯債務を負います。

保証債務

通常の保証債務

通常の保証債務は、相続の対象になり、当然に相続分に応じて分割されます。

身元保証

身元保証とは、従業員の行為によって使用者に生じた損害を保証するものです。

身元保証は、相続の対象になりません。ただし、相続開始前にすでに具体化した損害賠償債務は、相続の対象になります。

信用保証

信用保証とは、一定の継続的な取引から生じる債務の保証をいいます。

①責任限度額及び②保証期間の2つとも定められていない信用保証契約は、相続の対象になりません。逆に、どちらかが定められている信用保証契約であれば、責任の範囲を検討したうえで、相続の対象になる場合もあります。

葬儀費用

葬儀費用は、相続が開始した後に生じるものなので、相続の対象にならないと考えられます。基本的には喪主が負担するものと考えられますが、他にも、相続人負担とする見解、相続財産から負担すべきとする見解、慣習によるとする見解等があります。

ただし、相続人全員が合意すれば、遺産分割の話合い等の中で清算が可能です。なお、葬儀費用は、相続税の計算上、相続により取得した財産から控除されます。

香典

香典は、喪主又は遺族への贈与なので、相続の対象にはなりません。葬儀費用や香典返しに充てた後、なお残余が生じた場合、喪主が取得するとの見解と、相続人が取得するとの見解があります。

無権代理人の地位(本人の地位)

代理権を持っていないにもかかわらず、本人の代理人として行為をした者を無権代理人といいます。無権代理人の行為は、本人が追認しない限り、原則として、本人に効果が帰属しません。

問題となるのは、無権代理人の地位(本人の地位)も、相続の対象になるので、無権代理をされた本人と、無権代理人の地位が、同じ人に帰属する場合があることです。無権代理人の地位と本人の地位の両方を持つ者は、①無権代理行為を追認し、契約を履行しなければならないのか、②無権代理人としての責任を負うのかが問題となります。

無権代理人が本人を相続した場合(A)

ア 相続人が1人の場合
無権代理人が本人を単独で相続した場合、自らの無権代理行為を追認しなければなりません。そのため、契約を履行する義務が生じます。

ただし、本人が生前、無権代理行為の追認を拒絶した場合、無権代理行為の無効が確定します。そのため、その後、無権代理人が本人を相続しても無権代理行為は無効です。

なお、無権代理行為をした責任(民法117条)として、無権代理行為の相手方に対する損害賠償責任も生じます。

イ 相続人が複数の場合
無権代理行為を追認する権利は、相続人全員一致で行使しなければなりません。そのため、無権代理人自身は追認を拒絶できませんが、その他の相続人が追認を拒絶すれば、契約を履行する義務はありません。

なお、無権代理行為をした責任(民法117条)として、無権代理行為の相手方に対する損害賠償責任は生じます。

本人が無権代理人を相続した場合(B)

本人が無権代理人の地位を相続した場合でも、無権代理行為の追認を拒絶できます。

注意すべきなのは、無権代理行為をした責任(民法117条)は、相続してしまうことです。契約の相手方に悪意・過失がない限り、代金を支払う責任、又は損害賠償責任が生じるのです。⑰396頁 ただし、不動産などの特定物の引渡しをする責任は生じません。

本人の地位と無権代理人の地位の両方を相続した場合

無権代理人の地位を先に相続した場合は上記(A)のとおりとなり、本人の地位を先に相続した場合は上記(B)のとおりとなります。

遺産管理費用

遺産の管理費用は、熟慮期間中は相続財産から支弁され(民法885条1項)、その後、遺産分割までは各相続人が相続分に応じて負担することになります(民法253条)。

問題となるのは、遺産の管理費用につき争いが生じた場合、遺産分割手続で解決すべきなのか、あるいは、遺産分割手続とは別個の民事訴訟手続きで解決すべきなのかです。

例えば、遺産分割をするため、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てたが、遺産の管理費用に争いが生じてしまった場合、そのまま遺産分割調停の中で遺産の管理費用についても調停を行えるのか、あるいは、別途民事訴訟で解決しなければならないのかという形で問題となります。見解が分かれており、裁判例も分かれていますが、実務的には、相続人全員が合意すれば、遺産分割手続きの中で解決できると思われます。具体的には、遺産である不動産のために支出した有益費、遺産である不動産につき支出した固定資産税、相続税、借金の立替費用などが問題になります。

未分割遺産の共有持分権

例えば、被相続人Aさんの親Xさんが亡くなって、AさんとBさんが相続人となったが、いまだ遺産分割が行われていなかった場合、Aさんは、Xさんの遺産である不動産の共有持分権2分の1を持っていたことになります。 この共有持分権も、Aさんの相続人に相続されます。

農地

農地も相続の対象になります。注意すべきなのは、相続によって農地を取得した場合、農業委員会の許可は不要ですが、届出をしなければならないことです。

扶養請求権

扶養請求権は、要扶養者の死亡によって消滅し、相続の対象になりません。ただし、既に具体的な請求権として発生している場合には、相続の対象になると思われます。

生活保護受給権

生活保護受給権は、生活保護受給者の死亡によって消滅し、相続の対象になりません。さらに、既に具体的な請求権として発生している場合にも、生活保護受給者の死亡によって消滅し、相続の対象になりません。

財産分与請求権

相続開始時に、被相続人が離婚していた場合、元配偶者に対する財産分与を請求できる場合があります。

財産分与請求権が相続の対象になるか否かにつき、様々な見解があります。例えば、すでに被相続人が財産分与請求の意思表示をしていた場合には、相続の対象になるとする見解、意思表示の有無にかかわらず、当然に相続の対象になるとする見解などです。

遺産の調査方法

遺産の調査方法として、例えば、次のものが考えられます。

不動産

名寄帳、固定資産評価証明書(市町村役場で入手)、登記事項証明書、公図、地積測量図、建物所在図(法務局で入手)。

預貯金

取引履歴、残高証明書(金融機関で入手)。

借金

銀行からの借金については、一般社団法人全国銀行協会に対し、開示請求をします。クレジット会社からの借金については、株式会社シー・アイ・シーに対し開示請求をします。消費者金融からの借金については、株式会社日本信用情報機構に対し、開示請求をします。

その他

弁護士会照会

弁護士が、所属する弁護士会を通じて、銀行などの公私の団体に必要な報告を求めることができます。

調査嘱託

調停手続き又は審判手続きにおいて、家庭裁判所が、必要な調査を適当と認める者に嘱託し、必要な報告を求めることができます。ただし、まずは相続人が遺産の範囲を調査する責任があることから、弁護士が選任されている場合、まずは弁護士会照会をするよう促されることが一般的です。

調査嘱託では、被相続人の預貯金口座の調査をすることができますが、被相続人以外の名義の場合には、名義人の同意が必要です。税務署に対する調査嘱託は、拒否されることが多いといえます。

文書提出命令

調停手続き又は審判手続きにおいて、一定の要件を満たす場合、家庭裁判所が文書の所持者に対して、その提出を命ずるものです。

遺産の範囲に争いが生じる場合

遺産確認請求訴訟

遺産確認請求訴訟で勝訴すれば、特定の財産が遺産分割の対象財産であることが確定します。そのため、もはや遺産分割手続きの中で、相続人が「その財産は遺産ではなく、私の固有財産だ。」と主張することができなくなります。

遺産確認請求訴訟は、相続人全員が当事者にならなければなりません。相続人以外の人との間で争いがある場合は、遺産確認請求訴訟を提起することはできないと考えられます。

なお、遺産分割の対象財産であるかどうかが確定するだけなので、各相続人の共有持分の割合は確定しません。訴訟の当事者に、相続人ではない人が含まれていたことが判明した場合でも、判決の効力に影響はありません。

所有権確認請求訴訟

特定の財産につき、自己が所有権を有することの確認を求める訴訟です。例えば、相続人以外の人との間で、特定の財産の帰属につき争いが生じた場合に利用されます。

使途不明金に関する損害賠償請求訴訟等

相続人の1人が、被相続人の預金口座から払戻しをしており、その使途が不明な場合があります。

払戻しをした相続人に対し、他の相続人がとり得る手段として、①不法行為に基づく損害賠償請求、②債務不履行による損害賠償請求、③不当利得返還請求、④委任契約又は準委任契約に基づく受取物引渡請求が考えられます。